シンポジウム

東北作業療法学会ー日本老年療法学会
ジョイントシンポジウム

大切な活動の継続は精神的健康に良い影響を及ぼす
 -鹿児島県垂水市における多職種による地域コホート研究-

鹿児島大学医学部保健学科
田平 隆行

 
 垂水市は鹿児島県の大隅半島の北西部にあり,人口約1.4万人であり高齢化率も42%と急速に人口減少と少子高齢化が進んでいる.垂水研究(健康チェック)は,市民の健康長寿延伸を目指し2017年より予備的調査として開始し,2018年から本格的に始動した.鹿児島大学と垂水市,垂水中央病院が協力し,鹿児島大学の心臓血管内科,口腔外科,薬剤部,理学療法学,作業療法学,看護学,心理学,鹿児島県栄養士会といった多職種の協働で実施されていることが特徴である.健康チェックについては,医師による問診や一般的な健康状態による質問調査のほか,心電図,動脈硬化,血液検査,身体組成,身体機能,認知機能,口腔機能,活動調査など1000項目を超えるデータを取得している.垂水市保健課が主軸になって日程調整,広報,会場設営等にご尽力頂いていることが強みである.市報,HPのみならず,LINE等も活用し,リアルタイムの状況を知ることが可能である.対象は40歳以上とし,高齢者が7割以上を占めている.年間開催数は,10-15回であり,参加者数は,コロナ禍以前は年間1000人を超えていたが,2021年以降若干減少している.
 作業療法部門では,2018年より本人の「大切な活動」(MA)を聴取するため作業選択意思決定支援ソフト(ADOC)を用いている.通常のADOCの使用方法は,作業療法士として対象者に必要と考える活動も選択し,本人のMAと照合して協働的に目標設定するが,垂水研究ではコホート調査であるため本人のみのMAと満足度,遂行度を調べている.
 性差や年代の特徴については,MAは,全体的に趣味,対人交流,家庭生活が多く,80歳代は60歳代に比し社会活動の割合が高く,仕事は60歳代が高かった.
 抑うつ症状とMAとの関連については,選択されたMAに対する満足度は有意に抑うつ症状の有無に関連し,縦断研究により,MAの満足度の高さは,抑うつ発症の低減に寄与する可能性が示された.同様に軽度認知障害を有す高齢者においてアパシーの有症とMAの満足度は有意に関連したことから,MAの満足度は,高齢者の精神的健康に重要な要因の一つである可能性を示した.さらに,フレイルの各領域(身体,認知,社会)におけるMAの特徴については,フレイルの各領域に応じてMAが影響を受ける(MAとして選択していない領域のフレイルを有しやすい)可能性が示唆された. 他方,鹿児島県(特に地方都市)に特徴的である墓参りは,MAとして多いだけでなく,墓参りの活動頻度とアパシーとの関連があり,高頻度に墓参り行う高齢者は,アパシーの有症が低い結果であった.垂水市の高齢者の9割は定期的な墓参りを実施しており,先祖を敬う習慣が根付いているが,精神的健康に寄与する可能性があるという本知見は後継者不足に悩む墓問題への一助となるかもしれない.
 健康チェック参加者に対しては,各検査結果の返却だけでなく,結果の見方や垂水市民の特徴的な傾向などを伝達するために定期的な報告会を実施し,継続的な検査データの変化を確認し,健康や予防意識の強化と習慣化に役立てていただいている.また,各部門には多くの大学院生,学部学生を動員しており,核家族が主流な現代において健康チェックを通して地域高齢者/生活者の実態を知るなど対話技術の教育の機会として大変役立っている.